読書案内

 このページは「アステカ神話に興味があるけど、どんな本があるの?」という疑問をお持ちの初心者を想定して書いております。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、アステカ神話に関する本で日本語で読めるものはあまりありません。その上、詳細は後述しますが、比較的手に取りやすくしばしば参照される本のいくつかは、内容に不正確な点をかなり含んでいます。
 しかし、だからといってまったくの初心者がいきなり、例えば『ボルジア絵文書』に挑戦したとしても、予備知識がなければ内容の取っ掛かりをつかめず挫折しかねません。なのでこのページでは、アステカ神話についての基本的な知識を得るのに役立つと思われる本をいくつか紹介していきます。古い本も多いですが、図書館で探すなどしてみてください。
 ※ コメントは個人の感想です。 ※
 

 神話に関する話題が中心の本
 神話に関する話題が中心ではないが参考になる本
 参照に当たっては特に注意を要する本

神話に関する話題が中心の本

『アステカ・マヤの神話』

 カール・タウベ 著/藤田美砂子 訳/丸善/1996

 アステカ・マヤの神話に関する研究史・概説がコンパクトにまとまっています。神話のエピソードは物語全体が書かれているのではなく一部の抜粋なので、全体を通して読みたいと思うと物足りないかも。

『図説マヤ・アステカ神話宗教事典』

 メアリー・ミラー、カール・タウベ 著/増田義郎 監修/武井摩利 訳/東洋書林/2000

 古代メソアメリカの神々や宗教に関する用語について詳しく解説されています……が、¥12,000(税抜)は高い。解説自体は所々こじつけや解釈の飛躍を感じるところもありつつも大筋では手堅いものではありますが、本文はモノクロだし項目数はあまり多くないしで、どうにもぼったくり感が漂います。なお、英語版は適正価格だと思います。

『世界の民話12 アメリカ大陸II』

 小沢俊夫 編/関楠生 訳/ぎょうせい/1977

 収録話数は少ないものの、原典にかなり忠実な神話が紹介されています。
 訳がところどころ怪しい(多分ドイツ語版の時点から)、説明が少なくとっつきづらい、アステカ神話に興味がある層の人気が高いと思われる有名なエピソードがあまり入ってない、神話ではなく民話のカテゴリーなので図書館で見落としやすい、といった問題はあります。しかし脚色がほとんどないのでその辺は安心して読めます。

『月のうさぎ』

 アルフレド・ロペス=アウスティン 著/篠原愛人・北條ゆかり 訳/文化科学高等研究院出版局/1993

 古代メソアメリカの神話や宗教思想に関するエッセイ集。付録のCDにはアステカ時代のなぞなぞやナワトル語現代詩の朗読、古楽器による現代音楽の演奏が収録されてます。
 まったくの初心者というよりはある程度知識がある人向けかとは思いますが、古代メソアメリカ神話に対する理解が深められる本でしょう。

『カルプリ メソアメリカの神話学』

 アルフレド・ロペス=アウスティン 著/篠原愛人、林みどり、曽根尚子、柳沼孝一郎 訳/文化科学高等研究院出版局/2013

 先に挙げた本同様、こちらもある程度知識のある人向けですが、メソアメリカの世界観・死生観などがよく解る本です。
 

『アステカ王国の生贄の祭祀 血・花・笑・戦』

 岩崎賢 著/刀水書房/2015

 アステカの生贄の意義を、現代人の価値観からではなく当時の人々の心性に即して解釈することを試みる本。人間は神々に血を捧げ、また神々から血を頂くという主題を「血・花・笑・戦」というキーワードを通して分析・考察しています。これを読めば、生贄の儀式はただ恐ろしい死をもたらすものというだけではなく、宇宙を廻る生命力の奔流を強烈に感じさせるものでもあったと思えるかも。ただし、これまでの本の生贄のネガティブイメージを払拭することを強く意識したためか自説に都合のいい資料のみ用いて書かれているので、他の本も併せて読んだ方がよいでしょう。
 

『大英博物館双書 IV 古代の神と王の小事典3 アステカ・マヤの神々』

 クララ・ベサリーニャ 著/横山玲子 訳/学芸書林/2011

 アステカ・マヤの神々を「創造神」「戦争の神」などのカテゴリー別に紹介している本です。「小事典」とタイトルにあるようにボリュームは少ないですが、コンパクトにまとまっていて彫像の写真等の図版も多く、初心者でも読みやすい本です。
 

神話に関する話題が中心ではないが参考になる本

『古代マヤ・アステカ不可思議大全』

 芝崎みゆき 著/草思社/2010

 専門家ではないからこそ作れた本。表題のマヤ・アステカ以外も含むメソアメリカに栄えた諸文明の歴史や文化が紹介されています。参考資料に含まれていた誤りがそのままになっているところもあるけれど、概略をつかむにはよい本です。手書きの本文、ゆるいイラスト、随所で繰り広げられる小ネタ・ツッコミ……癖のある本ではありますが、ノリが合うならお勧め。かなりのボリュームながら入門~初心者から読めるでしょう。

『アステカ文明の謎 いけにえの祭り』

 高山智博 著/講談社/1979

 アステカの歴史や創世神話や一年の間に行われていた祭り(というか生贄)についての説明がまとめられています。新書なので気軽に読めるボリューム。

『神々とのたたかい〈1〉』

 ベルナルディーノ・デ サアグン 著/篠原 愛人、染田秀藤 訳/岩波書店/1992

 『フィレンツェ絵文書』全12巻の抄訳、というかほとんど序文と読者へのメッセージしか訳されてません。「サアグンのコンセプト”だけ”伝えられてもしょうがねぇんだよ! 我々が必要としているのはアステカ文化の諸々についての詳細な情報だぁ!」と叫びたくなりますが、辛うじて全訳されている主な神々を紹介する第1書、月々の祭りの概要が説明されている第2書序文、これらだけでも価値はあります。

『神々とのたたかい〈2〉』

 ディエゴ・ドゥラン 著/青木康征 訳/岩波書店/1995

 『ヌエバ・エスパーニャ誌』の、こちらも抄訳であちこち省略されてますが、それでもやはり参考になります。『神々とのたたかい〈1〉』と読み比べてみるのも面白いかもしれません。

『新大陸自然文化史』

 ホセ・デ・アコスタ 著/増田義郎 訳/岩波書店/1966

 上下巻に分かれていますが、神話関係は下巻の方に収録されています。アコスタが参考にした資料の都合上ドゥランの本と内容がかぶっているところもありますが、『神々とのたたかい〈2〉』では省かれてしまったケツァルコアトルに捧げる人身供犠の話は必読。

 

参照に当たっては特に注意を要する本

※ 以下に挙げる本を使用する際には特に注意が必要 ※

 『世界神話伝説大系16 メキシコの神話伝説』
 『マヤ・インカ神話伝説集』

 松村武雄 編/名著普及会/1928初版・1980改訂
 松村武雄 編/社会思想社/1984

 これら2冊は実質的には同じ本ですが、神話が物語形式で紹介されており、読みやすさでは随一です。
 それはいいんですが、いや、それだからこそ余計に悪いんですが、内容が問題あり。とにかく脚色大爆発です。神話の原典を参照したのではなく、概説書に書かれた断片的な情報から想像力を駆使して創作された物語がかなり含まれています。しかも参考にした本の方にも誤訳やら改変やらがあったりして、もうむちゃくちゃです。「これはひどい」「どうしてこうなった」と何度呟いたことか……。
 昭和一桁の日本での資料の入手は今より困難だったとかそんな中でも面白い読み物を作ろうとしたとかいった事情もあったでしょうが、それはそれとして想像で補完・脚色した物語があることはちゃんと断っておいて欲しかったです。

 『マヤ・アステカの神話』

 アイリーン・ニコルソン 著/松田幸雄 訳/青土社/1992

 神秘的で詩的なイメージが美しい。古代メソアメリカの宗教、特に「羽をもつ蛇」への信仰に秘められた高い精神性に思いをめぐらせる本です。
 しかしながら、引っかかるところも多々あり。原典をいろいろ調べてはいるようですが、脚色・改変も見られます。また、「ケツァルコアトル最高! 生贄反対!」という自分の主張に都合の悪いことはぼかしたり隠したりしてる節があります。というかとにかくケツァルコアトル贔屓がすごいです。さらに日本語版は、所々に誤訳があり意味が変わってしまっています(「死の日ミキストリの神として前に出てきている」が「死の日を表わす神、前にミキストリとして出てきている」になっているとか、「童貞の青年」が「乙女」になっているとか)。

 『ヴィジュアル版世界の神話百科 [アメリカ編]』

 D.M.ジョーンズ、B.L.モリノー 著/蔵持不三也、田里千代、井関睦美 訳/原書房/2002

 北米・メソアメリカ・南米の3部構成で、項目も多くフルカラーの図版も綺麗で見やすいです。
 けれども、解説の内容については首をかしげるところも。  ナワトル語の訳が間違っていたり、原典をろくに読まずに既存の研究書の孫引きで済ませようとし、その一方で自己流解釈も入れてしまって妙なことになっているところがあります。特に神々の家族関係の記述は要注意。というか、もう参考文献リストから漂うやる気のなさが酷い……重要な文献でもスペイン語版しかないものが多いのに英語版がある本以外ほとんど読んでいない、英訳がある原典もあまり読んでいない、辛うじて読んでいるとされるものも内容がポロポロ抜けている……『メキシコの神話伝説』と違ってこちらは擁護する気になれんよ。21世紀のイギリスの博士がこれはねぇよ、D.M.ジョーンズさん!(英語版掲載の著者による参考文献リストは日本語版では省かれ、代わりに監訳者によるお勧めの本がいくらか紹介されている)。
 ついでに言うと、これは原著ではなく日本語版の訳の問題ですが、「counterpart」が「配偶神」と訳されていて意味が判りづらいので注意が必要です。この場合は「対となる神」という意味であって「配偶者たる神」ではないのですが、「配偶者」のイメージに引っ張られて誤解する人が私を含めて多数発生してしまいました。この本を参考にした人が「配偶神」を「配偶者たる神」と解釈し、ヨワルテクトリやシウコアトルを女神だと考えてしまうという事例がありましたが、本来はそうではないので気をつけてください。私のように恥ずかしい思いをします。他にも、オメテオトルの項では原著では書き分けられていた「or」と「alternatively」が区別無く「ないし」と訳されたせいで本来のニュアンスが伝わらなくなっているなどの問題もあります。

 『世界神話辞典』

 アーサー・コッテル 著/左近司祥子、瀬戸井厚子、山口拓夢、宮元啓一、伊藤克巳、左近司彩子 訳/柏書房/1993

 世界各地の神話を図版入りで紹介している本で、色々な神話を一通り知るのに便利な本です。
 しかし、信憑性はいまひとつというところで、概要を把握したらより詳しい本に進むのがよいと思います。日本に関する怪しい記述には訳者が注を入れたり訳出しなかったりしているが、アステカ関連はノーチェック状態です。また、著者は人身供犠を含むアステカの宗教に否定的な感情が強いようで、そうした傾向も考慮に入れて読む必要があるでしょう。
 

 『マヤ・アステカの神々』

 土方美雄 著/新紀元社/2005

 『Truth In Fantasy』シリーズの1冊。読みやすい入門書です。神話・祭祀のみならず歴史や文化についての記述もあります。
 ライト層向けの本には珍しく「ケツァルコアトルは白い肌に黒い髭という姿で1の葦の年に帰ってくると予言したという話は征服後に作られたもの」という説を紹介しているなど、なるべく正確を期そうとしている辺りは好感が持てます。しかし、執筆の際の参考文献(上記の本も)に含まれていた誤りを引き写したり、前述の紛らわしい訳語により生じた誤解に基づいた解説をしてしまっているところがあるのが残念です。
 付言すると、この本を含む『Truth In Fantasy』シリーズはいずれも平易な解説でイラストも多く、また多くの書店や図書館に置かれていることが多いため、資料として重宝されますが、ことアステカに関しては信憑性はいまひとつと考えてください。先に挙げた要注意な本が主な参考文献となっているうえ、独自の解釈でさらにオリジナル要素が強まった解説が多々含まれるためです。
 

 

 「特に注意が必要」としたこれらの本はアステカ神話について調べる際にしばしば参照されるけれど、実は結構怪しいところがあるのです。
大き目の図書館にはたいてい置かれているので、特に初心者が早い段階で触れることが多いかと思いますが、予備知識なしで読むと誤ったイメージを刷り込まれる危険があります。
 上記の本にはもちろん有用な情報も多く含まれており、怪しい記述ばかりではありません。しかし、多くの人が参考にしている本であり、また私自身もアステカに興味を持ったばかりの頃に何度もつまずいたため(いやまぁ今でも初心者に無駄毛が生えた程度のものでしかありませんが)、同じ過ちが繰り返されないようにと思い、あえて辛めに書きました。
 なお、神話データベースサイトやツイッターの神話botなど、ウェブ上で読めるアステカ神話情報にも上記の本を参考に書かれたものがしばしばあるので注意が必要です。さらに、本やウェブページから得た情報が伝わっていくうちに伝言ゲームのように少しずつ変わっていってついには本来のとはかなりかけ離れた話になってしまっていることもあるので、ネットで情報収集する際にはお気を付けください。
 だいたい、私もそんなにたくさん資料読んだ訳じゃないし、その少ない資料ですら見落としとか誤読とかやらかすことあるしなぁ……精進します。