ケツァル・コアトルの元ネタがかなり分かる本リスト

「ケツァル・コアトルの元ネタ」とは

 『Fate/Grand Order』(以下FGO)のサーヴァント、ケツァル・コアトルに興味があるけれど、元ネタを調べるには何を読めばいいのか分からない……そんな方々のために、これらの本を読めばケツァル・コアトルの元ネタがかなり分かるだろうという本を厳選しました。
 どの本も入手、閲覧難度はそれほど高くないので、気軽に読めると思います。それに分量的にも、奈須きのこ氏のインタビューに「担当のライターが資料を読み込んで設定を起こすのに1週間から2週間程度」とありましたが、それくらいの期間があれば読めるでしょう。
 ちなみに、FGOのケツァル・コアトルの元になっているのは後世の人々がイメージした「生贄の儀式を嫌った善神」としてのケツァルコアトルで、実際の史料に表されたケツァルコアトルではありません。なので、アステカ神話の原典を読まなくてもケツァル・コアトルの考察は可能です。むしろ実際の史料はゲームの設定とはしばしば食い違うので、無理に当てはめようとするとかえっておかしなことになります。実際の史料を用いれば考察の精度が上がるとか、箔が付くとかいったことはありません。それよりも目的に合った資料を使うことが重要だと考えます。
 サーヴァントの設定上、史実と異なることはあり得るので、サーヴァントのケツァル・コアトルが実際の神話のケツァルコアトルとは違っていても、ゲーム内では問題ないはずです。この記事では実際のアステカ神話のケツァルコアトルについてではなく、FGOのケツァル・コアトルの元になったものについて解説していきます。
 また、FGOには古今の様々な作品のオマージュが散りばめられていますが、ケツァル・コアトルにもアステカ神話だけではなく、アステカ神話を題材にした伝奇漫画の要素なども取り入れられているようです。FGO自体も伝奇ものですから、実際の神話との整合性にはこだわることなく、そうした背景に目を向けるのも良いと思います。
 ところで、この文章内にケツァル・コアトルとケツァルコアトルの2種の表記が混在している理由ですが、それはサーヴァントとそのモデルとを区別するためです。FGOのサーヴァントはケツァル・コアトルという名前なのでその通りに書いていますが、本来ナワトル語のQuetzalcoatlはこれで1つの単語であり区切る必要はないので(不要な区切りを入れると「毛蟹」を「毛・蟹」とするようなことになってしまう)、元ネタないし実際の神話の神のことはケツァルコアトルとしています。
 前置きが長くなりましたが、私が考えた「ケツァル・コアトルの元ネタがかなり分かる本リスト」がこちらです。ただし、ここで挙げているのは主にケツァルコアトル神やアステカに関するもので、翼竜ケツァルコアトルスや恐竜絶滅等に関する本は、絞れなかったのでリストには入れていません。なお、出版社や発行年は私が持っている版のものです。
 

『マヤ・アステカ不可思議大全』

芝崎みゆき/草思社/2010

 『TYPE-MOON展』奈須きのこの本棚に入っていた本。
 マヤ・アステカを始めとする古代文明の歴史や神話が、ユーモアあふれるイラストと手書きテキストで語られています。複数の資料からまとめた創世神話やケツァルコアトル王の伝説などが読めます。
 

 『マヤ・アステカの神々』

 土方美雄 著/新紀元社/2005

 『TYPE-MOON展』奈須きのこの本棚に入っていた本。
 マヤ・アステカの神々や儀礼の紹介の他、歴史の解説も読み応えがあります。ケツァルコアトルと同一視される、生贄に反対する善神であると同時に獰猛な戦いの神でもあるという、善と悪の2面性を持つトラウィスカルパンテクトリの解説はこの本が出典。
 

 『古代マヤ文明』

 マイケル・D・コウ 著/加藤泰建・長谷川悦夫 訳/創元社/2003

 『TYPE-MOON展』奈須きのこの本棚に入っていたらしい本。
 マヤの歴史、生活、宗教と神話、自然環境、天文学と暦などを概観する、定評のある入門書です。「マヤの征服王」の件に関連すると思われる、トルテカ人の侵入についての記述があります。
 

 『世界神話伝説大系16 メキシコの神話伝説』

 松村武雄 編/名著普及会/1928初版・1980改訂

 ナフア族の神話伝説(アステカの神話伝説)とマヤ族の神話伝説を収録。ケツァルコアトルが蜘蛛に化けたテスカトリポカに酒を勧められ都を立ち退くことになり宮殿を焼き払う話、時が来たらいずれ立ち帰ると告げた話、焼死したケツァルコアトルの心臓が金星となった話などが載っています。また、「死人の旅」に出てくる恐ろしい鰐ソチトナルが巨大イグアナ・ソチナトルの基になったようです。
 

 『マヤ・アステカの神話』

 アイリーン・ニコルソン 著/松田幸雄 訳/青土社/1992

 生贄の儀式が盛んになる前の、真の古代の英知の体現者である善神ケツァルコアトルが描かれた本です。ウィツィロポチトリとも同一視される太陽の神としてのケツァルコアトルのイメージはこの本から。
 

『世界神話事典 創世神話と英雄伝説』

大林太良・伊藤清司・吉田敦彦・松村一男編/角川ソフィア文庫/2012

『世界神話事典 世界の神々の誕生』

大林太良・伊藤清司・吉田敦彦・松村一男編/角川ソフィア文庫/2012

 アステカの創世神話や『ポポル・ヴフ』などマヤの神話の他、世界各地の神話が紹介されています。また、『創世神話と英雄伝説』の「火の起源」にはジャガーマンの絆礼装「原初の火」の元になったジェ族の神話も収録されています。
 

『翡翠峡奇譚』(新装版・全2巻)

広江礼威/小学館/2005

 ある意味最も重要な元ネタ。
 ケツァル・コアトルのイラストレーターであることは言うまでもない作者による、ククルカンの力を宿した少女を巡る伝奇活劇です。新装版2巻には奈須きのこ、武内崇の寄稿もあります。「アステカの神は正義感も我々とはまったく異なったものかもしれない」という見方や、「復刊記念近況描き下ろし漫画」でグルマルキンがククルカンに「サンバデジャネイロみたいな格好だな!」と言っているのもFGOでのケツァル・コアトルの描写に影響しているのかもしれません。
 

『荒野に獣 慟哭す』(全5巻)

夢枕獏 原作/伊藤勢 漫画/徳間書店/2014-2015

 食人儀礼を行う少数民族の脳から発見された独覚ウイルスによって作られた人間兵器を巡る戦いの物語。6500万年前にユカタン半島に落下した隕石に付着していたウイルスが植物に感染し世界樹となって広がり生物を変化させたこと、マヤの征服王ククルカンが宿していたウイルスは聖体拝領・食人儀礼によって受け継がれたことなどがFGOの設定に影響しているようです。また、メキシコの密林でペヨーテを食べるか尋ねるシーン、「生き甲斐」という言葉が重要な場面で出てくることなども関連がありそうです。
 なお、これは同名の小説(『荒野に獣 慟哭す<完全版>』実業之日本社/2003)の漫画版ですが、変更点が多々あります。
 

『緑の迷宮 マヤ文明・ユカタン半島幻想紀行』

夢枕獏/テレビ朝日/1991

 『荒野に獣 慟哭す』著者がTV番組のリポーターとしてユカタン半島を訪れた際の旅行記。”自由への闘争”ルチャ・リブレには古代アステカの神々が侵略者であるスペイン人と戦うという図式があると書かれています。また、著者がティカルの神殿の上に立ちジャングルを眺める姿は(『荒野に獣 慟哭す』漫画版にも同様の場面がある)、FGO第2部OPのデイビットを彷彿とさせます。
 

『ミキストリ -太陽の死神-』(全13巻)

巻来功士/集英社/1991-1996

 考古学者だった江島陽介は、アステカ文明の神官の皮膚を火傷の痕に移植されたことで、人体を傷つけずに心臓を抜き取る能力を受け継ぎ、ミキストリと呼ばれる暗殺者となります。神とは隕石によって運ばれたウイルスで、感染した人間を超常能力者に変えるものだという設定や、ケツァルコアトルが太陽神として描かれていることなどが、FGOのケツァル・コアトルに影響しているようです。
 

『スプリガン』(1、2巻)

たかしげ宙 原作/皆川亮二 作画/小学館/1991

 1、2巻に収録の「仮面伝説の章」は、紀元前3000年頃に地球に不時着し中南米の原住民に文明を与えた異星人の子孫で、文化の神と崇められたケツアルクアトルが記憶を移したヒスイの仮面にまつわる話です。ケツアルクアトルの敵で死と戦いの神と呼ばれるテスカポリトカは、人間を人豹(ワージャガー)に変えて使役したり転生術を用いたりします。
 

『孔雀王―退魔聖伝―』(4、5巻)

荻野真/集英社/1992

 4、5巻に収録の「吸血鬼幻想」「吸血鬼幻想2」では、退魔師の孔雀達と、古代アステカの暗黒の破壊神テスカトリポカの復活を目論む吸血鬼のドラキュラ、エリザベート・バートリー、ジル・ド・レエ達との戦いが描かれます。吸血鬼の正体は感染者を吸血鬼に変えるウイルスだという設定や、ケツァルコアトルが金髪の太陽神として描かれていることなどが、FGOのケツァル・コアトルに影響しているようです。
 

『UMA大戦ククルとナギ』(新装版・全3巻)

藤異秀明/講談社/2014

 650万年前に金星から来た究極の力「アカシャ」を持つ少女ククルと、彼女のパートナーに選ばれた少年ナギ達が、地球侵略を狙う金星人と戦う話です。「花の戦争」の審判人ヤーヤ・トーカーズが持つチェーンソーにもなるマカナや、女性の豹の戦士テーポが着ている胸元をはだけた黒いパンツスーツなどが、FGOのケツァル・コアトルの武器やジャガーマンの衣装と似ています。
 

『アステカイザー』(アクションコミックス)

永井豪 原作/石川賢 作画/双葉社/2001

 特撮テレビ番組『プロレスの星 アステカイザー』の漫画版(TV番とはいくらか設定が異なる)。南アメリカの遺跡で見付かった秘宝「アステカの星」の力で覆面レスラー・アステカイザーとなった鷹羽俊は、兄の仇であり世界のスポーツの支配を目論む悪の格闘集団ブラックミストを倒すために戦います。アステカの神であるケツァルコアトルをモデルにしたキャラクターがプロレスをしていたり、南米(メソアメリカではなく)の女神となっていることなどに影響している可能性があります。
 ちなみに、特撮由来のネタといえば、バビロニアにジャガーマンが出てくるのは、地底人類マントルから地球を守るためにバビロニア星からやってきた『豹(ジャガー)マン』が基になっているらしいです。
 

『キン肉マン』

ゆでたまご/集英社/2013

 ルチャドールがモチーフでアステカに由来する名の技を使うキン肉マンマリポーサも、ケツァル・コアトルがルチャにハマっているという設定の元かもしれません。ケツァル・コアトル〔サンバ/サンタ〕が登場したイベント「クリスマス2018 ホーリー・サンバ・ナイト ~雪降る遺跡と少女騎士~」にはキン肉マンのパロディが随所に見られるとよく言われているので、何らかの関係はありそうです。
 

用語解説など

 FGOのケツァル・コアトルは上記リストのような本を参考に設定が作られているでしょうが、どの本のどの記述が元と推測されるかも書いた方がいいかと思いました。また、ゲーム独自のアレンジもあるので、本を読んだだけでは分かりづらいところもあります。なので、以下にいくつか解説します。
 

・聖体拝領
 アステカでは、神の化身とされた人間が生贄にされたり、その生贄が食べられたりする儀式が行われていました。
 FGOでは、南米の神々は地表に衝突した小惑星についていた”何か”が現地動物を”神”に変化させる微生物となった、”人間から人間”に乗り移るものになっています。ケツァルコアトルが金星の神や文化の神とされることや、白亜紀末にユカタン半島に落ちた隕石から発想した設定でしょうか。
 そして、「私の前で生贄なんて許しません。拝領はあくまで伝承保菌の際、一度きり、それ以外の生贄の儀式は不要なもの」という台詞から分かるように、FGOでは生贄を食べることは、その微生物が別の人間に乗り移るために行われたという解釈なのでしょう。
 FGOでは生贄を食べることの特別な表現として用いられている聖体拝領ですが、『古代マヤ・アステカ不可思議大全』によれば、「神の体を食べることで神性を分けていただくこと」と解説されています。FGOでは、神性を分けていただくというのを伝承保菌として表現しているのだと思います。
 

 ・三女神同盟
 三女神同盟の名称のヒントとなったのは、アステカの三国同盟ないし三市同盟かもしれません。いわゆるアステカ王国とは実際には1つの統一国家ではなく、テノチティトラン、テスココ、トラコパンという3つの都市国家の同盟を中心にして成り立っていました。これら3都市のうちで最も勢力があったのが、アステカ王国の都と呼ばれるテノチティトランです。
 

 ・太陽暦石
 アステカ神話によれば、現在の太陽(世界)は5番目のもので、それ以前に4つの太陽が次々に興亡しました。太陽の石、またはアステカの暦石と呼ばれるこの有名なモニュメントには、現在と過去の太陽や暦の記号、火の蛇シウコアトルなどが彫られていて、アステカの宇宙観を表しています。
 ケツァル・コアトルのプロフィールに「一時期には太陽を司ったとする伝説もある」と書かれているように、ケツァルコアトルは2番目の太陽「4の風」でした(各太陽の名称は滅んだ日にちなむ)。この太陽はテスカトリポカに蹴落とされ、暴風によって終わったということです。
 

 ・シウ・コアトル  太陽の石にも彫られているシウコアトルは、「火の蛇」「トルコ石の蛇」などと訳され(シウィトルは火、トルコ石、年、草など様々な意味を持つ)、それぞれ月と星々とされる姉コヨルシャウキと兄達センツォンウィツナワを倒して夜明けをもたらした太陽神と言われる、ウィツィロポチトリの武器として有名です。
 それが何故FGOでは「かつてケツァル・コアトルがアステカを去った折、数々の財宝が悪神テスカトリポカに渡らぬように自らの宮殿を灼き尽くした炎の再臨」となっているのかというと、『マヤ・アステカの神話』に「ケツァルコアトル=ウィツィロポチトリ」と書かれているので、ウィツィロポチトリの武器をケツァルコアトルも使えると判断したからだと思います。
 それに、ケツァルコアトルとシウコアトルはコアトルが共通しているということからも、ケツァル・コアトルの宝具に相応しいと考えられたのでしょう。
 なお、現在の太陽はナナワツィンがなった5番目の「4の動き」ですが、ケツァルコアトルは2番目の太陽だったこともあり、また「ケツァルコアトル=ウィツィロポチトリ」なので、現在でもケツァル・コアトルは太陽の女神と呼ばれるのでしょう(ウィツィロポチトリは太陽神とされるけれども、ナナワツィンがトナティウになった場合とは異なり、太陽に関する力を持ってはいるが太陽そのものという訳ではないようだ)。
 

 ・金星
 『Fate/Grand Order material IV』には「テスカトリポカ神の恨みを買い、戦いとなって敗れ果て、アステカから飛び去って金星へと姿を消したという」とありますが、これは『マヤ・インカ神話伝説集』や『マヤ・アステカの神話』などに書かれた、焼身自殺したケツァルコアトルの心臓が天に昇って金星となったという話が基になっています。
 また、『マヤ・アステカの神々』によれば、「ケツァルコアトルは雨をもたらす風の神でもあり、明けの明星=トラウィスカルパンテクトリ神とも、同一視されることがあった。トゥラウィスカルパンテクトリ神(原文ママ)は、生け贄の儀式に反対する善神であると同時に、獰猛な戦いの神でもあったので、ケツァルコアトルにもまた、テスカトリポカほど顕著ではなくとも、善と悪の2面性があったようである」とされています。
 「生贄の儀式を否定した善神とされ、明けの明星の具現である善神トラウィスカルパンテクートリ神、マヤのククルカン神と同一視される。善の伝説を多く持つが、獰猛な戦いの神としての側面をも有している」というマテリアルの記述や、「クリスマス2018 ホーリー・サンバ・ナイト ~雪降る遺跡と少女騎士~」でのブラック・ケツァルマスクの「私の中でも荒っぽいバトル寄りの性質のほう」「善神ケツァル・コアトルの善の部分と、善神ケツァル・コアトルの悪の部分が分かれたような形になっている」という設定も、上に引用した記述に基づいているでしょう。
 

 ・クソ蜘蛛ヤロウ  『マヤ・インカ神話伝説集』収録の「蜘蛛の災い」という話によれば、テスカトリポカが蜘蛛に変身してケツァルコアトルに酒を勧め、毎日のように酒を飲み続け心が荒んだケツァルコアトルは都を立ち退かねばならなくなり、宮殿を焼き払って東の方へ去ったといいます。
 FGOでテスカトリポカがクソ蜘蛛ヤロウなどと呼ばれていることや、「呪い系の想念がタップリ入った毒酒」云々も、このエピソードが基になっているでしょう。
 また、先にシウ・コアトルの項で触れた「かつてケツァル・コアトルがアステカを去った折、数々の財宝が悪神テスカトリポカに渡らぬように自らの宮殿を灼き尽くした」というのもこのエピソードから来ていますが、シウコアトルが出てくるのはこの話ではなく、『マヤ・インカ神話伝説集』では「腹の中の神」と題された、ウィツィロポチトリがコアトリクエから生まれた際に姉兄達を倒した話です。
 

 ・火の起源
 『Fate/Grand Order material IV』には「人々に愛されながら火や農耕などの多くの知識を与えて繁栄を導いた」とありますが、ケツァルコアトルが人類に火を与えたというのは『マヤ・インカ神話伝説集』の「火の起源」という話からでしょう。調理も暖を取ることもできない人間を哀れんで火を与えたというのは、いかにも心優しい文明の神らしい話です。
 

 

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